論文紹介


Vibrio vulnificus感染症

笠松正憲、春原晶代、辻卓夫 (名古屋市立大学皮膚科学教室)

亀島信利 (同第2内科学教室) 石川清(同麻酔蘇生学教室)


 掲載雑誌:皮膚病診療 ,14(2) ,135-138 ,1992


はじめに

 Vibrio属の細菌はV.cholerae、V.parahaemolyticusなどをはじめ腸管感染症の原因菌として有名である。

Vibrio vulnificus(以下V.V.)は、1979年Farmerらによって初めて同定された比較的新しい細菌で、海水や河口に広く生息し、魚貝類の生食や創面感染を契機としてヒト体内に侵入し、特異な臨床像を呈する。そして、本症の多くが肝疾患などの基礎疾患を有するものに重篤な症状をもたらすことより近年注目されている。今回、我々は経口感染によると考えられるV.V.感染症を経験したので、本症の特徴を述べるとともに、以前の報告につき文献的考察を加えた。

症例

症例。 65才、女、主婦

既往歴。 非代償性肝硬変.糖尿病.脳梗塞.

現病歴。 脳梗塞の治療のため平成2年8月3日に当院第二内科に入院した。10月16日、全身倦怠感、39度台の発熱および左下腿の痛みが出現。翌日からは左下腿の紅斑腫脹が出現し、下痢症状も加わる。しかし、嘔吐症状はなかった。蜂巣炎を疑い抗生剤(IPM/CSとDOXY)の点滴を行ったが紅斑は広がる一方であった。同19日当科初診。

臨床所見。 左下腿に軽い浮腫を伴った全周性の境界明瞭な紅斑がある。圧痛、自発痛がある。紅斑上および紅斑周囲には径2mm大の紫斑が散在し、径15mm大の緊満性水疱・血疱がある(図1)。なお、同部位に外傷の既往はない。

臨床検査成績。 GOT・GPT値の上昇、PT・APTTの延長および低蛋白血症などの肝硬変に基づく肝機能異常があり、白血球上昇、CRP高値などの感染所見がみられる。血清鉄は143μg/dlと高値である(表1)。筋膜分泌物の培養からV.V.が分離された。当初使用した抗生剤IPM/CSをはじめ各種抗生剤に高感受性を示す。

鑑別診断。 蜂巣炎、丹毒、壊疽性筋膜炎

病理組織学的所見。 表皮が強く変性し基底膜部で間隙を作る表皮下水疱がある。表皮への炎症細胞の浸潤は強くない。真皮及び皮下脂肪織には、血管内うっ血と共に血管周囲性への出血、好中球主体の炎症細胞の浸潤がみられる(図2)。表皮、真皮および皮下脂肪織の全層にわたり直径約1μmの黒色の点状物質が無数に有る(図3)。この黒色の物質はグラム染色では陰性であった。

治療と経過。 初診日、血圧低下とseptic shockを起こしICUに入室。抗生剤点滴及び全身管理を行ったが、皮疹はさらに悪化し左下腿は全周性の壊死となる(図4)。肝不全が進行し、11月11日永眠する。

臨床診断 筋膜分泌物の培養でV.V.が分離され、診断が確定した。家族の問診から、患者は海産物が好物で発症前日にも差し入れの刺身を食べていたとの情報が得られた。

考按

 V.V.は、Vibrionaceae科,Vibrio属,group5に属する菌種であり、一端に一本の鞭毛を有し、激しい運動性を示す至適塩度1〜2%の低度好塩性グラム陰性無芽胞 菌である。大きさは約0.7 2μmである。海岸や湾岸河口に生息し、水温が20度をこえる夏から秋かけて増殖し、魚介類への汚染が進む。道家らの報告1)では夏期の貝類、海水、汽水から高い頻度で分離される(表2)。本菌は一般には弱毒菌と考えられるが、病原因子として、菌体構成物質のcapsular material、lipopolysaccharide(LPS)と、菌体外産生物質のhemolysin、protease、phospholipase-A2、siderophoreなどをもっている2)。LPSはDICやendotoxin shockを起こすおもな因子である。また、hemolysin、protease、phospholipase-A2など菌体外酵素はその細胞障害性・組織破壊性で皮膚病変や致死性に大きく関与していると考えられている。

 V.V.のヒト感染症の報告は、1970年Rolandが海水浴、貝取り後に左下腿壊疽やendotoxin shockを起こした症例が最初である。さらに1974年Zideらは海産物の生食後に皮膚病変を伴う急激な経過で死亡した例を報告した。そして、1976年Reicheltはこの菌種が創傷(vulnus)に関係があることからBeneckea vulnificusと命名した。その後、1979年Farmerらは、この菌種をBeneckea属からVibrio属に移しVibrio vulnificusと命名し現在に至る。

 本邦のV.V.感染症は、我々が調べ得た限りでは1978年の河野らの報告以来、自験例を含め31例である。本邦発症例は、季節は腸炎ビブリオ食中毒と同様に5〜10月の特に夏期、地域分布は東京以西に多い。患者年齢は40歳以上、性は男性に多い。1979年にBlakeら3)が、1964年から1977年までに米国で血液、髄液、創傷部その他から本菌が分離された39症例についてまとめ詳細に分析し、感染経路による分類を行っている。すなわち、経口感染による敗血症型と創面感染による創傷感染型である。表3に、Blakeらの症例と本邦症例の症状、微候を示す。敗血症型では生鮮魚貝類摂取後7〜24時間で脱力感と倦怠感がおこり、ついで悪寒、発熱をみる。嘔吐、下痢などの消化器症状も本邦例ではかなり高頻度でみられる。まもなく血圧低下、頻脈、意識障害などショック症状を示すようになる。皮膚症状は下肢を主体とする多発性転移性病変が多い。浸潤のある紅斑、汎発性丘疹、水疱、血疱、膿疱、紫斑、壊疽など皮疹形態は多彩で非特異的である。皮膚症状の多くは発症後36時間以内にみられる。大部分の症例に肝硬変やヘマクロマトーシスなどの基礎疾患があり、死亡率は高い。創傷感染型は、受傷後24〜48時間に創部に一致した局所の発赤腫脹が出現。その後病変が周囲へ急激に波及し水疱形成や壊死をおこす。悪寒、発熱を伴い敗血症へと進行することもある。米国では死亡率は高くないが、本邦では3症例中2例と高い死亡率を示す。これは、基礎疾患があったためと考えられる。本邦で敗血症型が多いのは魚介類生食の習慣のためと考えられる。患者は多くが肝硬変をはじめとした肝疾患を有している。この関連については@肝硬変やヘマクロマトーシスなどの肝疾患の際にKupffer細胞のクリアランス機能が低下することA腸管からのendotoxinの吸収が増加することB動靜脈シャントの形成によりsinusoidを通過しない血液が増加することC門脈ー大静脈シャントによりendotoxinが直接大循環に入り易いことDトランスフェリンの減少や体内貯蔵鉄の増加が本菌による感染をおこし易くすることE肝で産生される補体成分などの抗菌活性物質の産生低下、などで説明されている4)。さらに、菌自体の要因として貪食細胞に抵抗する構造ー 膜と貪食細胞に抵抗性を示すantiphagocytic surface antigenの存在ーがあげられている。以上の因子が発症に複雑に関与していると考えられる。Dに挙げた鉄の役割は動物実験で鉄の投与を行うとLD50が低下することやヘマクロマトーシス症例で死亡率が高いことが根拠となっている。本症例でも血清鉄は143 μg/dl と高値であった。

 V.V.感染症の病理組織像には特異的なものはなく、@表皮から真皮に及ぶ急性炎症変化A血管周囲への好中球を主体とする炎症細胞浸潤およびそれに引き続く壊死性血管炎、に要約できる5)。病理組織中に本症例のように、菌体成分がみられることもある。本症例は、@発症直前に刺身を食べた既往があることA入院中のため外傷やV.V.汚染物質との接触機会がなかったことB全身症状で初発し後に皮疹が出現したこと、よりV.V.感染症敗血症型と考えられる。患者血液培養で菌が検出されなかった。これは、初期投与抗生剤(IPM/CS)の感受性が十分であったためと考えられる。

 治療は、適切な抗生剤の迅速な全身投与である。本菌に対する各種抗生剤の薬剤感受性は、以前も報告されているように各種薬剤に高い感受性を示す。報告によればテトラサイクリン系や第三世代セフェム系がより効果的といわれている。しかし、本症は患者のほとんどに基礎疾患があるため予後は宿主の状態に大きく左右される。本症例では早期に感受性のある抗生剤を用いたが救命し得なかった。また、急にDICやショック状態となることがあるので全身管理も必要である。

 本症診断の留意点は基礎疾患を有する患者に急激発症の蜂窩織炎や四肢の水疱、血疱をみた場合は本症を考えに入れることである。

 本症は、患者のほとんどが基礎疾患を有し、また本菌の病原性は本来さほど強くないことから、本症はいわゆる日和見感染に属すると考えられる。今後compromised hostの増加に伴う本菌敗血症の発症に注意するとともに、肝硬変などの基礎疾患を有する患者には、夏期の生魚介類の摂取、海・河口での外傷などの感染機会に対し特に予防を考えておくことが大切である。


(図1)初診時の臨床像
 左下腿に全周性紅斑がある。紅斑上および周囲には紫斑が散在し、緊満性水疱・血疱がある。

(図2)病理組織像弱拡大像(100倍)
表皮下水疱がある。表皮の変性は強いが、炎症細胞浸潤は強くない。真皮及び皮下脂肪織には、好中球主体の炎症細胞の浸潤と血管周囲性への出血がみられる。

(図3)病理組織像強拡大像(100倍)
 表皮、真皮および皮下脂肪織の全層にわたり約1μm大の黒色の点状物質(矢印)を認める。

(図4)11日後の臨床像
左下腿は全周性の壊死となった。


(表1)初診時検査所見(10/19)

WBC (/mm3 )    10700 TP (g/dl  )    5.4
RBC(106/mm3 )   2.36   Alb (g/dl )    2.5
Plt(103/mm3 )     46 T.Bil (mg/dl)   2.8
  D.Bil (mg/dl)   2.4
Fib (mg/dl)      208.5 GOT (U/l )   142
PT (% )        27.0 GPT (U/l )    47
APTT (% )       31.7 Fe (μg/dl)   143
FDP (ng/ml)       10 CRP (mg/dl)   8.9
ESR (mm/H )      25

 

(表2)Vibrio vulnificus 検出状況(1981年8月〜9月 熊本・大阪合計)  

検体名 検体数 陽性数 陽性率(%)
(食品)      
カキ  8  8 100
アサリ  8  5  63
シジミ    5  3  60
ハマグリ  2  2  100
赤貝  3  2  67
サザエ  3  2  67
ムラサキガイ  1  1 100
巻貝  1  1 100
(環境)      
海水 29 18  62
汽水 19 19 100
 4  3  75
湖水  4  0   0

                                 (道家ら)

 

(表3)Vibrio vulnificus感染症の病型別症状・徴候

症状・徴候 Blakeら(39例)   本邦報告例(30例)  
  敗血症型   24例 創傷感染型  15例 敗血症型   28例 創傷感染型   3例
発熱 22/24 12/15 27/28 2/2
嘔吐  5/24  3/15  8/13 1/1
下痢  4/24  0/15    15/18 1/1
二次性皮膚病変 18/24  0/15 22/27
肝疾患 18/24 0/15 26/28 2/3
慢性疾患 23/24  5/15 28/28 2/3
死亡率 11/24 1/15 20/28  2/3

   


文献

(1)道家ほか:熊本県衛生公害研究所報 11:20,1981

(2)篠田ほか:臨床と微生物 16:27,1989

(3)Blake,P.A.et al.:N.Engl.J.Med. 300:1,1979

(4)重野ほか:化学療法の領域 6:307,1990

(5)舘田ほか:皮膚科MOOK 17:171,1990


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